J. Gunning "Social movement theory and the study of terrorism" (院生勉強会企画1)

〇まずは余談から

なんとか無事に学振の学内〆切に間に合い、学会ポスター発表も終えることができました。

ポスター発表については、まだまだ小さな学会ですが、蓋を開けてみれば奨励賞をいただき(発表者は他にあと数人だけでしたが)、いろいろとフィードバックや気付きも得ました。発表する中身もないままヤバいヤバいと言いながら応募し、爆死覚悟で突っ込んだ割には良い結果を得られたと思います。

 〇イントロ

さて、今回は、以前からやろうやろうと言っていた院生勉強会にそろそろ着手するため、その内容やメモなどをここに残していきます。

うちのように、研究者志望の院生があまりやってこないコースでは、こういうことも意識的にやって、なんとか環境を構築していかないと身につけることが期待されるであろうアカデミックな能力の成長に繋がらないため、遅ればせながら整備していきたいと思います。

その一環として、ここではそれぞれの修論や博論において、自分たちが依拠したり反駁したりする対象となる主要な論文を皆で読み、自分の理解を確認しつつフィードバックを得る機会にしたいと思っています。

所属コースではそれぞれのテーマも多様で、突っ込んだコメントもなかなか難しく、研究も突き詰めていくと自分のテーマについて話し合う仲間が減っていきます。そうすると、専門的なフィードバックが得られなくなり、自分の研究に対する理解に自信を持てなくなってきます。

その点、各人が厳選した論文であれば、範囲外の人間でも読む価値があるでしょうし、それによって知識がつけば、定期的な博論・修論発表の場でのフィードバックも有意義なものになっていこうというものです。

 

今回は批判的テロリズム研究に関するテキストの中の、社会運動論(Social movement theory:SMT)の章を扱います。

J. Gunning (2009), "Social movement theory and the study of terrorism," In R. Jackson et al. (eds.), Critical Terrorism Studies A New Research Agenda, London: Routledge, pp. 156-177.

著者はキングスカレッジロンドンの中東研究センターの教授であり、批判的テロ研究を確立した人物のうちの一人です。この本の編者の一人でもあります。専門は政治動員に関する研究で、イスラム社会運動、民主化、宗教、政治的対立(political contestation)、暴力の間の相互作用に焦点を当てています。パレスチナハマスに関する研究で有名で、2011年のエジプト革命における社会運動理論に基づく分析なども行っているようです。今はレバノンヒズボラを研究中。(https://www.kcl.ac.uk/people/jeroen-gunningより)

 

このテーマも私は全くの素人ですが、テロの組織的な側面は自分の研究と接するところもあり、またいろいろとハイブリッドな理論的説明をしようとする点は自分の依拠する研究ともよく似ていて、勉強になる章でした。直訳ですし、具体的な個別の研究には言及しませんが、どういうことが書かれているか、滅茶苦茶ざっくりとまとめていきます。個別研究の詳細が知りたい方は元の文献を読んでください笑

〇社会運動理論とテロ研究

■イントロ

・ここでは社会運動理論(SMT)がテロ研究に役立つということを述べる。

・テロ研究はしばしば、各事例の小規模な地下組織に焦点を当ててきたが、それらの組織はより広い社会運動や対立する相手との相互作用の中にあり、そこから影響を受けている。

・社会運動(social movements)は次のように定義できる。すなわち「(1)非公式のネットワークであり、このネットワークは(2)共有された信念と連帯に基づいていて、(3)対立的なイシューに関して動員し、(4)様々な抗議形態を頻繁に用いる」(p.156)

・SMTはCoxが提示するような批判理論の文脈にあり、マルクス主義ポスト構造主義的アプローチの影響もうけている。

・SMTはオーソドックスなテロ研究が浴びてきた批判(歴史や文脈、および国家の対応とテロ活動に対する影響といった要素を無視してきた)に応えることができる

■社会運動理論の概観

・相対的価値はく奪:暴力的な反乱はシステム的な不平等に対するフラストレーションによって引き起こされる(社会心理的説明)

・資源動員論:運動の発生に対する社会心理的説明に対する批判として、合理的選択論の観点から登場。運動とは社会的ネットワークが存在することに伴う機能であり、資源、エリート、革新的なmobilisatory(テクニカルターム?)、運動戦術へのアクセスのことである。

・政治過程モデル:社会的な構造、合理性だけでは運動の発生や、運動が特定の形態をとることを説明できない。運動とは社会ネットワークや資源の機能であり、また政治的機会構造のなかで発達する。マルクス的な構造の影響は不可避ではなく、改善できると考える。

フレーミング理論:文化に着目し、運動に携わる人々、特に運動起業家(movement entrepreneurs)の認識がどのように枠付けされるか、から運動を説明する。

・新しい社会運動論:文化に着目し、長期のマクロな社会、政治、イデオロギーの変化を考える。特に脱工業化社会の運動の、非階層性、階級ではなくアイデンティティやライフスタイルへのフォーカスといった要素に特徴づけられる新しい社会運動論に焦点を当てる。

■SMTのテロ研究における重要性

・SMT研究は非暴力運動が主流なのになぜテロ研究に使えるのか?

①過激派組織は資源、人員調達、優れたイデオロギー的正当化を見つける必要がある

②過激派組織は典型的にはより広範な社会運動の一部であり、過激派の人々はそうした運動の中で活動を開始し、運動や外的な出来事の影響を受けて過激になる。

③テロ戦術を用いる現代の組織の多くが典型的な「新しい社会運動」の特徴を示している

■テロ研究を広げる

暴力を文脈で考える

・SMTによって、社会的文脈における暴力の位置づけを探れる

・運動の手段として、

①運動の中で行われる様々な行動の一つとして暴力を見る

②より広い社会運動の内部や周辺での競争の一部として暴力見る

③個人の性質の結果ではなく、組織内部の動態の結果として暴力を見る

⇒運動として考えれば、暴力はSui generisな現象ではないし、そう考えることでテロ組織の非暴力的な側面の存在を意識できる

⇒暴力とは、社会運動全体における激しい論争や派閥間闘争の産物であり、構成員の認識やアイデンティティ、資源などが暴力に影響する

暴力を時間で考える

・組織の発展には当然歴史的背景があるし、暴力が規範として確立される前には、国家やほかの組織との敵対的な相互作用が、通常は存在する。

・SMTを使えば、歴史的経緯の中で起こる、社会と組織の間の相互作用という動態を捉えることができる。

・また、SMTは運動戦術の時間的な流動性を強調する(Tarrowの’protest cycle’)。つまり、運動には暴力フェーズと非暴力フェーズがあって、変化している。

・SMTはなぜ、どのように組織が暴力から離れるのかを分析できる。

・SMTは、運動の経験や、運動がprotest cycleにおけるフェーズのどこにいるのかということが、暴力の選択にどのように影響するのかを分析できる

⇒つまり、社会経済的要因や、心理的な特徴による静態的な暴力の説明ではなく、運動や関係性の変化による動態的な説明が可能。

レベル横断的説明(micro, meso, and macro)

 ・システム的な不均衡に着目するマクロ分析は、暴力を改革や急激な変化の不在、不十分な正当化、反対勢力の不足によって説明しがちで、抑圧は軽視されている。

・フラストレーションや心理的要因に着目するミクロ分析は、フラストレーションが暴力に結び付かないケースを説明できないし、実証的な証拠も不十分

・組織のイデオロギーに着目するメゾレベルの分析は、特定のイデオロギーがなぜ採用されるのかを説明できず、また手段と目的の間に直接的な関係があると想定しすぎる。

⇒SMTは三つのレベルを統合し、レベル間の相互作用を説明できる。例えば、イデオロギー論争は、政治的機会構造の変化や組織の発展という観点から分析できる。

⇒このような包括的な枠組みは、比較研究にも向いている。

利益、イデオロギー、構造の連関

・これまでのテロ研究は、戦略的な説明(合理的選択論)、イデオロギー的な説明のどちらかに傾斜し、かつ両者が構造的な変化と切り離されて考えられてきた。

・SMTは、両者を統合し、またそれぞれの要素が集団間の動態や社会・政治構造の変化に影響を受けていることを明らかにできる

国家に焦点を当てる

・SMTは国家による運動の抑圧とその研究に関する膨大な蓄積があるので、テロ研究で見過ごされてきた国家との相互作用をみるにはうってつけ。

組織内の動態に焦点を当てる

・過激派組織の組織形態に関する研究は多かったが、内部の過程やそれに対する組織構造の影響といった研究は少ない

・従来のSMT研究は、運動を一枚岩としてみるものもあったが、近年のSMT研究は内部に様々な動態があることを指摘している。

・そうした動態の組織行動への影響を概念化することは極めて重要で、内部派閥が利用できる資源の違いは彼らの合理的計算にもかかわってくるし、外部の敵を追求するだけでなく、内部のライバルを操作するというのも戦術的に重要である。

・一枚岩と考えてしまうと、組織に対する政策の効果は怪しいものになるので、そういう意味で政策的にも重要。

■テロ研究を深める

テロ研究を「脱オリエント化」する

・SMTを西側でない過激派の分析に適用することは、テロ研究の脱オリエント化に資する。

・非西側の過激派組織はヨーロッパの過激派と違って構造化されておらず、非合理的だというバイアスがかかっていることが多い

・SMTは西側社会運動と同じ概念的地平に、非西側の運動を位置付けることで、このバイアスを取り除く。また、非西側組織の分析からイデオロギーや文化といった要素に着目しなくてもよいようにし、地域の固有性から離れてグローバルな動きの中にそれらを位置付けることができるようになる。

・一方で、SMTが西側で開発されたものであるため、非西側で異なる形で存在する構造や動態を見逃してしまうことにつながる危険性がある。

・しかしこれは、三つの理由でそこまで深刻でない。

①政治システムや社会的文化的規範は、西側内部ですら極めて多様なので、非西側との違いはそこまで重要ではなく、一方で、いくつかの類似性のほうが重要である。

②SMTは主題的な枠組みを提供するので、違いが存在しても、それにフォーカスして整理することができる。

③非西側を特別視することによる歪みがあったとしても、SMT研究内部での批判と内省がある。

自己内省能力と理論的な正確性を高める

・これまでのテロ研究は理論的な研究がほとんどなかった

・SMTは自己内省能力と理論的研究を発展させるための一助となる

〇メモ・コメント

・社会運動理論の歴史が超ざっくりと時系列でまとまってるようで、ほーん、となった。

・企画の趣旨として、依拠する理論をみんなで掘り下げてみる、というものなので、むしろSMTファミリー内のどれ(一つでも複数でも)をどのように使いたいのか知りたいところ。

・例えば合理的選択論とイデオロギー論に依拠して、テロ活動が活発化する要素をそれぞれ事例の中で抽出してみて、その間に何らかの関係性があるのか、とかを考えると、この著者が狙っていることに近づくのかもしれない。

・三つのレベルの統合、レベル間相互作用というのは、こういう過程を見たりする質的研究だとよく見かけるなぁという感想。しかし、実際のところ、それによってみるべき要素や範囲というのは膨大になりがち。

・似たようなアプローチを採用しているので、以前に先生からうけた、どれか一つを突き詰めるので精いっぱいなのでは?という指摘は心に留めておくべきだろう。

〇おまけ

なお、国際関係論における批判理論については

www.e-ir.info

その翻訳

国際関係論の理論 -第6章 批判理論- – Better Late Than Never – Medium

を見ました。

見返してみると、有斐閣のNew Liberal Artsシリーズの国際政治学では批判理論は本当にチラッとしか触れられていない。ほかのテキストだと日本語でしっかり書いてあるのかな?